2006年4月 5日 (水)

「恋愛の解体と北区の崩壊」前田司郎 (群像2006年3月号)

 前作でも不定型でとらえどころのない人間を描いていた作者だが、今回もまた似たような前田節を聞かせてくれる。
 宇宙人が東京に来襲。しかし主人公の男はさほどの驚きもなく、いつもと変わらない生活を送っている。恋愛の本質について考えたりしていると思ったらコンビニのレジで順番抜かしをされ殺意を覚えたり、急に思い立ってSMクラブに訪れたりする。

 彼のちっぽけで無意味な行動を理解できずに笑うような人もいるかもしれない。しかし世の中に一大事が起こっていてもだいたいの人はそんなものだ。特に自分の身に直接降りかかっていないような話は、所詮テレビの中の出来事に過ぎない。ニュースがワイドショー化し、事実とやらせとの境界線が曖昧になった今ではなおさらだ。実際、宇宙人が来たからといって、何をすれば最適なのかなんて誰にもわからない。
 
 この作品の良いところは知ったような安いメディア論を説かないことだ。彼は確固たる考えがあって、宇宙人来襲の夜にSMクラブに行くわけではない。なんとなくそういう気分だったからに過ぎない。
 作者は巧妙にあらゆる意味付けから逃れようとしている。それもわざわざ意味や批評性の高い事物にニアミスしながら。この作品に出てくる宇宙人やSMを記号的に捉えようとしても無駄だ。今までそういうモチーフを記号化し意味を持たせることによって初めて小説はそこに文学の風味を出していたわけだが、そういう作業を彼はすっぱりやめてしまっている。
 宇宙人を出した以上こう描かないといけないとか、SMを出すならこういう批評精神の下に書かねばならないというのは、すべて文学的な既成概念に囚われたものだ。

 これを読んで何の深みもないと思う人も当然いると思うが、深みを無理に出そうとしていた今までの文学のほうがおかしいかもしれない。些細なコトを大袈裟に扱い、まるでそこに大問題が隠されているかのように描くことは、ある意味、テレビのやらせと似たようなことだ。
 些細なことを些細なまま描くのが実はもっとも難しい。

(群像2006年3月号)

 

愛でもない青春でもない旅立たない
4062130742前田 司郎

講談社 2005-09-16
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star共感。愛でもないし旅立たないし、青春でもないかも。

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