2005年12月23日 (金)

「ザ・パインハウス・デッド」舞城王太郎 (新潮2006年1月号)

 待望の「ディスコ探偵水曜日」第2部。第1部の掲載(2005年5月号)からだいぶ時間が経っているので、今までのストーリーの細部を忘れてしまった。一度前に戻ってディテールをチェックして、ようやく臨戦態勢。第2部がなかなか出ないので、ひょっとすると往年の半村良のように、あっさり中断とか二十年も経ってから復活とかいうことになるのではないかという妄想さえ浮かんだが、なにはともあれ続きが読めてとても嬉しい。
 
 バラバラになった梢の魂と身体を一体化するために、東京からはるばる福井・西暁町のパインハウスにやってきたディスコ探偵。第1部でキングコング対ティラノサウルスばりの壮絶な戦い(この決闘シーンは第1部の白眉!)を演じた謎のマッチョ、水星Cももちろん同行している。このパインハウスでは名探偵が集結しており、この屋敷にまつわる謎を解明しようとしているが、その謎解きに失敗したものは、いずれも死んでいる。
 屋敷に入るやいなや、豚のぬいぐるみの中に梢の魂を見つけるディスコ。梢の言葉と水星Cの神懸かり的な発見によって、パインハウスの持つ意味を示唆され、梢を助けるための方策を考えるが、謎はさらに深まるばかり。そんな中、名探偵の一人がある推理を披露し、いよいよ大団円かと思うのもつかのま、彼もあっけなく死に、物語は全く終わる気配が無い。どうやらこの話、第3部以降まだまだ続くようだ。

 第1部と違って、ひっかかるのは「文脈」という言葉だ。違う文脈=間違った推理をした名探偵には死がもたらされる。大胆な深読みをすれば、これは批評という問題にも繋がっているのではないか。名探偵=批評家と考えると、誤読した批評家は抹殺されるのだ。小説は本来多義的なものであり、どう読んでも間違いではなく、誤読されればされるほど、その物語はテキストとして豊かなものになっていくと考えたいところだ。しかしそこを作者の側が厳しい縛りをもって、読者と批評家に対して臨むという姿勢を示すのも、ちょっと挑戦的でおもしろい。テキストは誤読が許されるということで、名批評家なる人々からさんざんつまらない解釈を山のようにされてきたことへの舞城氏流のお返しかもしれない。
 ある意味、この物語は読者も生き残りを賭けたバトルロワイヤルなのだ。ホロスコープやら単語パズルや意味深な紋章など、読者を誤読に誘う罠は豊富に仕掛けられている。謎大好きのミステリー餓鬼などは真っ先に飛びつくこと受け合いである。そうした罠に惑わされずに、作者がそっと密かにさしのべる手を見つけた者だけが、真の読者であり名批評探偵としての名を勝ち取ることができるのであろう。
 などと、こんな深読みをしている私自身も誤読者のひとりとして、ふるい落とされる可能性は大いにあるわけだが。
 ともかく早く続きを読ませてほしい。また半年おあずけというのは、とげとげ豚に閉じこめられた梢くらい息苦しいものだから。
(新潮2006年1月号)

好き好き大好き超愛してる。
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