2005年11月 7日 (月)

「U.S.+S.R. 極東欧のサウナ」多和田葉子 (新潮2005年10月号)

 前作「旅をする裸の目」もそうだったが、作者は異文化の中に漂流する個人を描くのがうまい。世界は情報技術の発達によって様々な意味で均質化していくと言われるが、果たしてそうだろうか。いくら技術が押し寄せても、どうしようもなく変わらない世界はあるのではないだろうか。いくら歯を立てて囓っても崩れない感情の芯のようなものにぶち当たり、戸惑い、そしてその反射から自分をぼんやり眺めるような人物を作者は描く。

 サハリン島を旅する主人公は出会う人、見る風景に対して、重層的な思いを抱く。それはやや実験的な手法によって表現されている。すなわち、a. b. c.や(1)(2)(3)といった箇条書きで並列的に記される。それは決してテストの問題のように、どれかが正解というものではなく、時にすべて正解であり時にすべて間違いかもしれない。
それは、異文化に接して自分の思いと態度が宙に浮いているような状態を、自ずと表現しているようでもある。

 後半、主人公はニューヨークに旅立ち、ロシア式のサウナとバーを訪れる。そこはアメリカの中のロシアのようだが、どことなくアメリカの臭いが漂う中途半端な場所だ。そこで主人公はサハリンの旅を反芻し、これから自分がそれについてどう向き合っていくかに思いを巡らす。アメリカの中心でロシアを彷徨う日本人の主人公の思いは、ねじれ、重層的になりながら永遠に収束することはないだろう。外国人には優柔不断に思えるかもしれないが、この複数の思いが同時に存在していることに身をゆだねる感覚は、もしかしたら日本人特有の感情の芯なのかもしれない。
(新潮2005年10月号)

旅をする裸の眼
4062125331多和田 葉子

講談社 2004-12
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