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2006年11月28日 (火)

「怪力の文芸編集者」中原昌也  (新潮2006年12月号)

 怪力と文芸編集者、ひどくミスマッチな取り合わせである。
 思わず、かつて一世を風靡したパロディマンガ「サルでも描けるマンガ教室」を思い出した。
 「サルまん」には、弁髪で筋肉ムキムキの巨人編集者が登場するのだ。
 あのキャラが笑えたのも、「筋肉」「巨人」という体育会的イメージと編集者という存在がミスマッチを起こしていたからである。
 
 頭が筋肉なこの編集者は、ひたすら刷り上がったばかりの文芸誌の束を抱えて運ぶ。
 運ぶ行為はえんえんと繰り返される。
 それに付随して、運ぶことの描写も、同様に繰り返される。
 同じ描写で同じ行為が、全編ずっと繰り返されるのだ。
 時間がループしているわけではなく、事は明らかに少しづつだが前進している。しかし、そこで行われる行為と描写は繰り返しを続ける。
 
 時間は進んでいるのに、行われている動作はループするというシュールさ。
 加えて、行為を演じているのが怪力の編集者という奇妙な存在。
 どこか筒井康隆が描くような悪夢に似ている。

 と思っていたら、なんとその筒井先生がこれと同様の作品を書いていたらしく、そのシンクロニシティを驚いている。
 その驚きを綴る文は次号新潮(2007年1月号)に掲載され、続いて翌月にはその作品が発表されるという。
 筒井先生がどのような意図を持って、これと同様の構造の作品を書いたのか興味深い。

(新潮 2006年12月号)
名もなき孤児たちの墓
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2006年11月26日 (日)

「夢を与える」 綿矢りさ  (文藝2006年冬号)

芥川賞受賞第1作と銘打たれている。
芥川賞を獲ったのはいつのことだろうと思わず指折り数えてしまうほど、その記憶は遠い。
「インストール」文庫版に短編が掲載されていたはずだが、あれはカウントされないのだろうか。
そういう疑問はあるにせよ、とりあえず、満を持した作品である。

内容はというと、まさに判断に困るものだ。
たぶん、いろいろな意味で、単行本になった時に物議を醸す作品である。
普通に読めば、少女マンガにでもあるような、通俗的ストーリーと言われてしまうかもしれない。
いや、どう読んでも、通俗なのだ。
ハーフの美少女がモデルとして芸能界デビューし、人気を得て、そして没落する。
いまどきの女の子が誰でも夢見るような話である。
いまさら、同人誌でもこんなベタな話はないだろう。

ではつまらなかったのか、というと決してそうではないから、厄介なのだ。
結構、読ませるし、おもしろいのだ。
文章は相変わらず、透き通るような緊張感を維持した、香り高さを持っている。
ディテールにも取材した成果なのだろうか、緻密な踏み込み方が見える。
そういう目に見える技術もさることながら、なりふりかまわず、作者が抱えたものをまっすぐに投げかけてくる、その姿勢がとてもまぶしい。
作者が抱えた何かを冷徹にストレートに読者に届けるには、こういう通俗な設定しか手段がなかったのだろう。
たとえその選択が、結果として、ベタで陳腐と呼ばれても、こうするしかなかったのだ。

これは単なる芸能界の話として読むと、何も見えてこない。
ある一人の女の子が生まれて、育ち、何を考えるようになるか、ということを冷徹に考えた小説である。
芸能界という、ある種の無菌的シャーレに入れられ培養される中で、女の子が生き物として、どう反応していくのかという観察記録でもある。
それはどこか、会田誠の絵画を彷彿とさせるリアルさを伴っている。
興味深いことは、女の子の記録が、彼女が生まれる前から始まっていることだ。
彼女の「発生」以前に、何が語られ、何が約束されたのか。
そこを忘れないようにして読むと、作者が抱えている冷たい何かに触れられるかもしれない。
(文藝2006年冬号)

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