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2006年2月 7日 (火)

「チョコレート工場の娘(不登校篇)」宮崎誉子 (群像2006年2月号)

 学校が嫌になり、父親の経営するチョコレート工場で働くことにした娘、ルリ。
 チョコレート工場といって連想されるのは、ティム・バートンの映画だが、まさに設定(小学生が工場で働く)はそんなおとぎ話のようである。しかしそこに描かれる工場のディテールはリアルそのものだ。

  私もその昔、パン工場やお菓子工場でバイトしたことがあるが、こうした工場はパンやお菓子といったファンシーな響きからは到底想像できないような過酷な現場である。そうした中では、人間の本性がふと顔を覗かせるものだ。
 大人からの屈折したいじめ、偽善、憐れみなどを一身に浴びながら、彼女は日々、工場で働く。学校から逃げて来た先も似たような地獄だったようだ。ここから先、彼女はどこへ向かえばよいのか。そんなことを心配してしまう結末だ。

 宮崎誉子は一貫して、学校や会社という「行くことがあたりまえ」とされている場所に対して、素朴な疑念を持っている。なぜ人は学校や会社という嫌な場所に、疑問も持たずにせっせと行くのか。大人からは笑われそうなそんな疑問を、彼女はルリという子供を通して訴える。 いまどき口語体の軽い文章に攪乱されていると、見逃してしまうことが多い、とても繊細な作品である。
(群像2006年2月号)

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