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2005年9月10日 (土)

「リフレッシュ休暇」中島京子 (すばる2005年9月号)

 失業したため家を手放すことになり、引っ越しの作業をする斎藤一家。荷物の中からあるノートを発見し、斎藤はしばし読みふける。そこには過去に交際した女性との日々など他人には見せられない文章が記されていた。その記述を通して様々な思い出が蘇る。中でも強烈に蘇ってきた記憶は、会社からリフレッシュ休暇を与えられて行った香港旅行についてだった。

 作者の中島京子には中国を舞台に置くものが少なくないが、今回の作品も香港という街のある一面が丹念に表現されていて興味深い。主人公の斎藤は、香港の夜を徘徊するうちに、路地に佇む理髪院の妖しい灯りに吸い込まれていく。斎藤は出迎えた美しい女と身体を合わせるが、女は幻のように消えている。日本ではほとんど無くなってしまった奥深く甘美な闇をたたえた色街の雰囲気がそこにはまだあるようだ。失った昭和は今やアジアに時差をもって現出している。

 ノートに心を奪われるように読んでいた斎藤は、娘の鋭い呼びかけによって、我にかえる。そこで起こる禍々しい現実と生の感触。夢の世界に身をゆだねているうちに、知らずに死へ一歩踏み出していたようだ。甘い夢はやはり死の香りがするものなのだ。
(すばる2005年9月号)

さようなら、コタツ
4838715935中島 京子

マガジンハウス 2005-05-19
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2005年9月 9日 (金)

「神隠し」中原文夫 (すばる2005年9月号)

 父が失踪したのは玲子が高校2年の時だった。原因は不明。神隠しという言葉が連想されるような不意の蒸発だった。玲子はそれ以来、神隠しという言葉に敏感になる。インターネットで偶然見つけた神隠しの森に興味を持ち、それを知る女性にコンタクトを取る。その地に訪れた玲子は女性の不在を知り落胆するが、そこで出会った役場の男に代わりに森へと案内される。
 
 ごく短い作品であるが、奇譚の雰囲気を充分に持っている。森を案内する男が果たして誰だったのかということを読後に考え続けていくと、何か触れてはいけない領域に踏み込むような空恐ろしい感覚に襲われる。しかしそれは恐怖だからこそ力強い浄化の作用も示しているようだ。

 父の失踪が俗に言う神隠しであったかどうかはわからないが、玲子は案内する男の口から語られる様々な神隠しを通して、今まで正視しようとしてこなかった父の本心と対峙する。そして玲子はその時、ようやく父の呪縛から解放されることができたのだ。
(すばる2005年9月号)

不幸の探究
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作品社 2005-04
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2005年9月 8日 (木)

「明日なき身」岡田睦 (群像2005年9月号)

 生活保護を受けて暮らす老作家の生活。そこに病気が加わり、挙げ句の果ては妻との離婚調停のごたごたまで加わって、普通に想像するような老人の質素で静かな生活という図からはほど遠い状況になっている。
 無頼派という言葉も絶滅した現代において、まだこうした生き方が存在したかと驚いてしまうが、もしかすると、実はこうした状況のほうが今の現実に近いのかもしれない。若手作家が描く話には自己の内面の葛藤や恋愛ごっこが多いけれど、食うことや寝るところに困ったりという切羽詰まるという話はあまり見ない。それは若者が回遊する街には生き倒れがいないからだ。自分に見えないものは書くことができない。老人や弱者が多く住む場所には、宿無しや生き倒れがもはや日常の風景と融合して存在している。これからさらに階級社会化が進めば、ここに描かれているようなサバイバルが近くの現実となるだろう。

 客観的に見て、この主人公の生活は悲惨だが、語り口にどこかきままな風情が漂う。それは決して楽天的ではないけれど、死ぬほどのことはないといった、あっけらかんとした逞しさが読む者の救いとなっている。所詮身から出た錆と断じることもできるが、それもまた人生なのだ。
(群像2005年9月号)

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2005年9月 7日 (水)

「愛の島」望月あんね (群像2005年9月号)

 群像新人賞優秀作を受賞した作者の受賞第一作。
 運命で繋がれた三人の娘たちは、ある日突然、自分達だけの島を買うことにした!
 軽快なタッチの言葉で紡がれた現代のおとぎ話である。彼女らは女の武器を最大限に使って、島を買うためにひたすら金を貯める。
 男の思惑を上手に手玉に取って、彼女らの島購入計画は順調に進む。
 しかしおとぎ話には必ずつきものの大どんでん返しが待っている。
 女の友情というものはいかに怖ろしいものかよくわかった。特に女三人組。男には決してわからない思考回路だ。
 
 読後、思うのは、彼女らの島での暮らしだ。おとぎ話は「末永く仲良く暮らしました」と永遠の時間に閉じこめられる。しかしそれは現実の暮らしでは不可能だ。本当の永遠を手に入れるには手段はひとつしかない。彼女らは最後の手段を使って、永遠の島の暮らしを手に入れたのだ。実際、島を買って暮らしても退屈極まりなかっただろうから、これはこれで良かったのかもしれない。
 全体的に少し岡崎京子っぽいテイストが漂い、空回りしたギャグが鼻につくが、たまにこうした元気な悲劇を読むのは妙に新鮮だ。
(群像2005年9月号)

グルメな女と優しい男
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講談社 2005-07
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2005年9月 6日 (火)

「大集合!ダンサー&アクターズ」中原昌也 (文學界2005年9月号)

 ゲームの「大合奏!バンドブラザーズ」かと思った。3ページ半。またまた短い作品である。
 しかしいくつか頭に残るフレーズやシーンがある。電車内をチラシをくわえて逃げるチワワ。ビルの中に潜むギャングたち。
 まるでわざとジャンルの違う映画のシーンをコラージュしたようである。
 作品の冒頭は絵にならないたわいもない男たちの会話なのに、一枚ページをめくると、いきなり映画のような「絵になる」世界に突入する。これが意図的なものなのかどうかはわからないが、この落差感はおもしろい。話は相変わらず意味不明だけれど。
(文學界2005年9月号)

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2005年9月 5日 (月)

「サッド・ヴァケイション」青山真治 (新潮2005年9月号)

 青山真治の代表作「ユリイカ」を読んだのはいつのことだったろう。バスジャックを経て、登場人物達が各々の気持ちの決着を付けていくそのプロセスが凄まじくも、これ以外ないというほど真っ当だったことが強く印象に残っている。
 それから数年。驚くべきことに作者自身はこの物語にまだ決着を付けていなかったのだ。

 今回のこの作品は「ユリイカ」のその後あるいは外伝といった内容と思われる。
 「ユリイカ」の実質的主役であったバス運転手沢井とともに生活した少女、梢が成長し、ある悲劇を見つめていく。
 叩きつけるような口調の九州弁で語る登場人物達は皆それぞれ心に傷を負っている。
 舞台となる間宮という運送会社は、そんな傷を持つ者たちのアジールだ。過去を語れない者、誰かに追われている者、様々な者達が互いにそれを詮索することなく生活している。そこにある意図を持ってやってきたのが健次だった。
 とある偶然から健次は間宮の妻が自分を捨てていった母であることを直感する。母のほうも健次を息子であると感じていたので、健次をすんなりと会社に受け入れた。間宮夫妻には既に勇介という息子がいたが、母は健次を会社の跡取りにしようと考えている。
 いきなり現れた健次を息子と認め、そして会社の跡取りにまでしようと思うこの夫妻の思考は少し常識離れしていて正直驚く。さらには健次には連れ子のような存在の少女と中国人の男の子までいて、その二人まで面倒見ているのだ。このいささか並はずれた度量の広さが健次には逆に重荷となる。
 健次がここにやってきた目的は、自分を捨てた母に復讐するためだった。
 
 健次の復讐は、とある事件を通して達成したかに見えた。しかしそれは健次の身の破滅をも意味していた。
 復讐を受けても母は、健次に対する気持ちを変えようとはしなかった。母は復讐心を持つ息子さえも自分の人生に組み込もうとし続ける。
 これを愛と思う人もいるかもしれないが、私には論理を越えてすべてを飲み込む怖ろしい存在に思えてならなかった。
 間宮運送がアジールと化しているのも、この夫妻の得体の知れない力のせいだろう。
 その力に押し潰されて、今ある平和がかりそめのものであることを忘れてしまう者もいる。追っ手はいつか必ず現れるのだ。

 作品に通底する善悪の奇妙な歪みが、物語に陰影のような深みを与えている。前作とはタイプの違う登場人物が、己の感情の矛先を見失って彷徨う様はせつなくも純粋な人間の姿を映しているようだ。残酷だが、犠牲になった者より今生き残っている者のことを思うことで、世界は前に進んでいくのだろう。
(新潮2005年9月号)

月の砂漠
4043656025青山 真治

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star時代の寵児という幻想
star家族の絆とは

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2005年9月 4日 (日)

「西東マンション2D」大竹昭子 (文學界2005年9月号)

 小人閑居して不善を為す、と言うが、ただ暇でのんびり暮らすなら害もないが、暇をもてあました挙げ句、関心が隣人などに向かうと話は別である。
 失業し、部屋に日がな籠もっている主人公の男の関心はもっぱら隣人の生活にある。
 耳をすまし隣人の生活音を聞き、隣人らしき姿を町で見かけると後を尾ける。隣人が何か行動を起こしてくれないと、男も物足りないようだ。偶然、隣人の物と思われるネガフィルムを拾い、男はそこから隣人の家族像を思い描く。隣人について知ることがもはや男の生き甲斐にもなっている。
 そんなある日、隣人は急病で入院する。救急車がやってきた時、隣人に付き添う女性を認める。男は隣人とその女性の関係をあれこれ考える。
 隣人が女性とともに退院してきた日、男は拾ったネガをプリントして隣の部屋に投げ込もうと計画する。

 奇妙な味の小説で、読後に様々なイメージが残る。ここまでエスカレートすることはなくても、誰もが隣人という存在に関心を向けたことはあるだろう。近所付き合いという慣習が消滅した現代においては、隣人とは幻のような存在で、生活していることは互いにわかっていても実体として認識することはあまりない。それ故、いったん関心が向くと、想像が膨れ上がり、妄想と化していく恐れがある。
 しかし作者の大竹氏はいったいどういうきっかけでこうした不思議なタッチの作品を書くに至ったのか。氏は既に写真関係や紀行ものなどで様々な著作を持っている。今回の作品はまさに奇妙な味の小説といった趣きだが、やや神経症的で密かな悪意をも漂わせる主人公の男の造形等、他の作家には見られない個性を放っている。今後もぜひこうした雰囲気の作品を続けて書いてほしい。
(文學界2005年9月号)

図鑑少年
4093860351大竹 昭子

小学館 1999-02
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star一息ついたときに読んでみては…

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2005年9月 3日 (土)

「どうで死ぬ身のひと踊り」西村賢太 (群像2005年9月号)

 前作の「一夜」も同棲する女との確執が凄まじかったが、今回も期待に違わず、派手に男としての弱さを晒け出し、鬼気迫る作品に仕上がっている。

話の骨格は、敬愛する作家の藤沢清造に関する活動に、女との生活を絡めるという、もうすっかりお馴染みのパターンなのだが、あまり飽きずに読める。むしろこのパターンは既に一種の味として定着しつつあって、今後、他のテーマで作品を書くことはあっても、この清造+女ものは、定期的に登場してもらいたいと願う。



 ここに登場する男は俗に言うDV男であるが、DV男にはそれなりの論理があることがこれを読むとよくわかる。女からすれば、何が気に食わなくて手を上げるのか全く理解不能であろうが、この作品は男の気持ちの側のみから書かれているので、女のささいな一言が男をどのように苛立たせていくかそのプロセスが克明に辿れて面白い。

しかしどれだけ苛立ったとしても暴力を振るってしまえば負けであり、女は逃げ、結局、男は途方に暮れる。代わりの女がいるはずもなく、男は卑屈なまでに女に帰ってくるように懇願する。このあたりの未練たらたらな行動は、他人事として見ると、もはや喜劇に近い。

女も一度は好きになった相手だからか、よせばいいのに男の説得に負けて、元の鞘に戻る。そしてまた同じDVの繰り返しが始まる。このへんは絵に描いたような「だめんず・ウォーカー」である。手垢がついた言い方だが、この不毛な繰り返しがまさに人間の業というやつなのだろう。



 女と諍いが起こるのは食事時が多いのだが、今回はチキンライス(もどき)とカツカレーだ。「一夜」の時はデパートで買ってきた蟹の足が元で大喧嘩になるが、この作者はそうした食べ物をセレクトするセンスが非常に優れている。カツカレーなんて痴話喧嘩の原因にいかにも相応しいではないか。怒りにまかせて台所にぶちまけたカツカレーの飛沫と残骸が、男のどうしようもない弱さとせつなさを物語っている。

(群像2005年9月号)



DV(ドメスティック・バイオレンス)--殴らずにはいられない男たち
4334031102豊田 正義

光文社 2001-10
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starDVの根底に潜むもの
star被害者として読むには辛い
star実に深刻な問題だということがよくわかる

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2005年9月 2日 (金)

「鬼火の里」窪島誠一郎 (すばる2005年9月号)

 渋谷で小さな画廊を営む主人公である私のところに、突然やってきた田川マサという女。小児麻痺の障害を持つその画家は、ぜひ自分の絵を見てほしいと言う。彼女は仏画で著名な神塚正之という画家の一番弟子だった。彼女の描く絵の持つ圧倒的パワーに、私はたちまち魅了されるが、彼女の身辺は謎に包まれていた。

 あるきっかけで私は、マサが描いた大作の数々に出会う。そこに描かれていたのは、血まみれの軍服を纏った首の無い石仏だった。

 彼女がどういう思いでそれを描いたかはわからないが、その絵は様々な人々が心の底に封印してきた戦争の際に犯した罪の記憶を呼び起こす結果となった。そしてその影響はマサにも返ってくることになる。しかしマサはその絵を描くために生まれてきたのだと私は思う。無名のまま終わろうとも、絵を描くことが人生の必然になっていたマサは、あらゆる意味で真の画家であったと私は思うのだった。



 作者の窪島氏は、信州上田の地で「信濃デッサン館」あるいは戦没画学生の遺作を集めた「無言館」を開いている。ある新聞記事で彼は戦没者の絵を反戦などの道具にしてほしくないと語っていた。イデオロギーを通して絵を見るのではなく、その絵そのものが持つ美しさと見る者の心を揺さぶる力をストレートに見てほしいのだと。今回の作品も戦争の記憶が主たるモチーフとなっているが、決して声高に戦争の是非を語るものではなく、あくまでまなざしの中心は絵にある。絵というものを描かなくてはいられない者たちとはどういう者たちなのか。絵を描くことをあらかじめ運命として下された者たちの苦悩と喜び。絵という存在に対して、純粋にみつめた結果が赤裸々に綴られている。
 多くの人が気軽に絵という芸術に親しみ、作り手として参加できる現代だからこそ、窪島氏の問いかける言葉は残酷なまでに胸に響く。

(すばる2005年9月号)



無言館―戦没画学生「祈りの絵」
4062663589窪島 誠一郎

講談社 1997-07
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star喪ったものの大きさ

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2005年9月 1日 (木)

「パセリと温泉」角田光代 (すばる2005年9月号)

 胃ガンで入院している母がある日、奇妙な行動をし始める。身体に装着したチューブを外そうとして暴れ、言動もつじつまが合わない。手術のショックで一時的な惚けの症状を呈しているようだったが、看病にあたる娘は気が気でない。

 ふだんの母は、父や親戚に対して常に非難がましい言葉を吐いていた。基本的に母にとって他人というものは悪意の固まりの存在だったのだ。しかし入院した母の口から出る言葉は、別人のように優しく、特に父の妹である礼子という叔母に関しては、普段と正反対の感謝の意を示した。

 母の妄想を目の当たりにして、娘は今までの自分の人生にいかに強烈に母の意志が影響していたかを悟る。母の悪意に満ちた言葉をどこか拠り所にして、自分の人生の決着を先送りにしていたと感じたのだ。

 母はそのうちまた悪意に満ちた元通りの母に戻るかもしれない。しかしその時の娘はもう既に今までの娘ではない。新しい自分を見つけた娘の心には不安と希望がないまぜになっている。



 こうした家族の深い問題を具体的な事象に乗せて語るのは、この作者の得意とするところだ。さりげなく書かれた文章のひとつひとつにも経験に裏打ちされたようなリアリティを感じる。他人を悪意の固まりのように言う母親というのも、いかにもありがちな性格で、共感する人も多いのではないだろうか。そしてそれに反感を感じながらも、結局は母という存在から逃れられない娘が多いこともまた真実である。しかし家族というオブラートに隠されて、ふつうはそれに気付かないようにそれぞれ生きている。しかしいつかはそこに決着をつけなくてはいけない時がやってくるのだ。



 この作品の娘から、思わず小津安二郎の「秋刀魚の味」に出てくるラーメン屋を思い出した。元国語教師で今は場末のラーメン屋をひとり営む老父のために嫁ぐこともせずにいる妙齢の娘。この娘もまた家族のためという言い訳に溺れてしまった一人だった。

 家族という存在はある意味幻想かもしれないが、幻想だと割り切れるほど人間は強くない。家族という重圧に潰され、その繋がりに疲れる時もある。そんな時、こうした作品を読むと思いがけない脱出口が見つかるかもしれない。

(すばる2005年9月号)



空中庭園
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文藝春秋 2005-07-08
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star家族も他人同然
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