« 「パセリと温泉」角田光代 (すばる2005年9月号) | トップページ | 「どうで死ぬ身のひと踊り」西村賢太 (群像2005年9月号) »

2005年9月 2日 (金)

「鬼火の里」窪島誠一郎 (すばる2005年9月号)

 渋谷で小さな画廊を営む主人公である私のところに、突然やってきた田川マサという女。小児麻痺の障害を持つその画家は、ぜひ自分の絵を見てほしいと言う。彼女は仏画で著名な神塚正之という画家の一番弟子だった。彼女の描く絵の持つ圧倒的パワーに、私はたちまち魅了されるが、彼女の身辺は謎に包まれていた。

 あるきっかけで私は、マサが描いた大作の数々に出会う。そこに描かれていたのは、血まみれの軍服を纏った首の無い石仏だった。

 彼女がどういう思いでそれを描いたかはわからないが、その絵は様々な人々が心の底に封印してきた戦争の際に犯した罪の記憶を呼び起こす結果となった。そしてその影響はマサにも返ってくることになる。しかしマサはその絵を描くために生まれてきたのだと私は思う。無名のまま終わろうとも、絵を描くことが人生の必然になっていたマサは、あらゆる意味で真の画家であったと私は思うのだった。



 作者の窪島氏は、信州上田の地で「信濃デッサン館」あるいは戦没画学生の遺作を集めた「無言館」を開いている。ある新聞記事で彼は戦没者の絵を反戦などの道具にしてほしくないと語っていた。イデオロギーを通して絵を見るのではなく、その絵そのものが持つ美しさと見る者の心を揺さぶる力をストレートに見てほしいのだと。今回の作品も戦争の記憶が主たるモチーフとなっているが、決して声高に戦争の是非を語るものではなく、あくまでまなざしの中心は絵にある。絵というものを描かなくてはいられない者たちとはどういう者たちなのか。絵を描くことをあらかじめ運命として下された者たちの苦悩と喜び。絵という存在に対して、純粋にみつめた結果が赤裸々に綴られている。
 多くの人が気軽に絵という芸術に親しみ、作り手として参加できる現代だからこそ、窪島氏の問いかける言葉は残酷なまでに胸に響く。

(すばる2005年9月号)



無言館―戦没画学生「祈りの絵」
4062663589窪島 誠一郎

講談社 1997-07
売り上げランキング : 15,436

おすすめ平均star
star喪ったものの大きさ

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

|

« 「パセリと温泉」角田光代 (すばる2005年9月号) | トップページ | 「どうで死ぬ身のひと踊り」西村賢太 (群像2005年9月号) »

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/45668/5868169

この記事へのトラックバック一覧です: 「鬼火の里」窪島誠一郎 (すばる2005年9月号):

« 「パセリと温泉」角田光代 (すばる2005年9月号) | トップページ | 「どうで死ぬ身のひと踊り」西村賢太 (群像2005年9月号) »