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2005年9月 1日 (木)

「パセリと温泉」角田光代 (すばる2005年9月号)

 胃ガンで入院している母がある日、奇妙な行動をし始める。身体に装着したチューブを外そうとして暴れ、言動もつじつまが合わない。手術のショックで一時的な惚けの症状を呈しているようだったが、看病にあたる娘は気が気でない。

 ふだんの母は、父や親戚に対して常に非難がましい言葉を吐いていた。基本的に母にとって他人というものは悪意の固まりの存在だったのだ。しかし入院した母の口から出る言葉は、別人のように優しく、特に父の妹である礼子という叔母に関しては、普段と正反対の感謝の意を示した。

 母の妄想を目の当たりにして、娘は今までの自分の人生にいかに強烈に母の意志が影響していたかを悟る。母の悪意に満ちた言葉をどこか拠り所にして、自分の人生の決着を先送りにしていたと感じたのだ。

 母はそのうちまた悪意に満ちた元通りの母に戻るかもしれない。しかしその時の娘はもう既に今までの娘ではない。新しい自分を見つけた娘の心には不安と希望がないまぜになっている。



 こうした家族の深い問題を具体的な事象に乗せて語るのは、この作者の得意とするところだ。さりげなく書かれた文章のひとつひとつにも経験に裏打ちされたようなリアリティを感じる。他人を悪意の固まりのように言う母親というのも、いかにもありがちな性格で、共感する人も多いのではないだろうか。そしてそれに反感を感じながらも、結局は母という存在から逃れられない娘が多いこともまた真実である。しかし家族というオブラートに隠されて、ふつうはそれに気付かないようにそれぞれ生きている。しかしいつかはそこに決着をつけなくてはいけない時がやってくるのだ。



 この作品の娘から、思わず小津安二郎の「秋刀魚の味」に出てくるラーメン屋を思い出した。元国語教師で今は場末のラーメン屋をひとり営む老父のために嫁ぐこともせずにいる妙齢の娘。この娘もまた家族のためという言い訳に溺れてしまった一人だった。

 家族という存在はある意味幻想かもしれないが、幻想だと割り切れるほど人間は強くない。家族という重圧に潰され、その繋がりに疲れる時もある。そんな時、こうした作品を読むと思いがけない脱出口が見つかるかもしれない。

(すばる2005年9月号)



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