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2005年9月 5日 (月)

「サッド・ヴァケイション」青山真治 (新潮2005年9月号)

 青山真治の代表作「ユリイカ」を読んだのはいつのことだったろう。バスジャックを経て、登場人物達が各々の気持ちの決着を付けていくそのプロセスが凄まじくも、これ以外ないというほど真っ当だったことが強く印象に残っている。
 それから数年。驚くべきことに作者自身はこの物語にまだ決着を付けていなかったのだ。

 今回のこの作品は「ユリイカ」のその後あるいは外伝といった内容と思われる。
 「ユリイカ」の実質的主役であったバス運転手沢井とともに生活した少女、梢が成長し、ある悲劇を見つめていく。
 叩きつけるような口調の九州弁で語る登場人物達は皆それぞれ心に傷を負っている。
 舞台となる間宮という運送会社は、そんな傷を持つ者たちのアジールだ。過去を語れない者、誰かに追われている者、様々な者達が互いにそれを詮索することなく生活している。そこにある意図を持ってやってきたのが健次だった。
 とある偶然から健次は間宮の妻が自分を捨てていった母であることを直感する。母のほうも健次を息子であると感じていたので、健次をすんなりと会社に受け入れた。間宮夫妻には既に勇介という息子がいたが、母は健次を会社の跡取りにしようと考えている。
 いきなり現れた健次を息子と認め、そして会社の跡取りにまでしようと思うこの夫妻の思考は少し常識離れしていて正直驚く。さらには健次には連れ子のような存在の少女と中国人の男の子までいて、その二人まで面倒見ているのだ。このいささか並はずれた度量の広さが健次には逆に重荷となる。
 健次がここにやってきた目的は、自分を捨てた母に復讐するためだった。
 
 健次の復讐は、とある事件を通して達成したかに見えた。しかしそれは健次の身の破滅をも意味していた。
 復讐を受けても母は、健次に対する気持ちを変えようとはしなかった。母は復讐心を持つ息子さえも自分の人生に組み込もうとし続ける。
 これを愛と思う人もいるかもしれないが、私には論理を越えてすべてを飲み込む怖ろしい存在に思えてならなかった。
 間宮運送がアジールと化しているのも、この夫妻の得体の知れない力のせいだろう。
 その力に押し潰されて、今ある平和がかりそめのものであることを忘れてしまう者もいる。追っ手はいつか必ず現れるのだ。

 作品に通底する善悪の奇妙な歪みが、物語に陰影のような深みを与えている。前作とはタイプの違う登場人物が、己の感情の矛先を見失って彷徨う様はせつなくも純粋な人間の姿を映しているようだ。残酷だが、犠牲になった者より今生き残っている者のことを思うことで、世界は前に進んでいくのだろう。
(新潮2005年9月号)

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