「わたくし率 イン 歯ー、または世界」 川上未映子(早稲田文学2007年0号)
早稲田文学から突如現れた気鋭の新人、いや新魔女である。
2006年の早稲田文学フリーペーパー版7号にごく短い小説「感じる専門家 採用試験」が発表されていたが、思えばあれは小手調べの挨拶代わりに過ぎなかったのだ。
今回はマジでキメてきた。
濁流の如く言葉が溢れかえり、その勢いに圧倒される。
一見、電波に見えて、実は真っ当。
その裏腹加減がなんとも不穏である。
主人公は、自分という存在が奥歯に詰まっていると考えている。
よく女は子宮で思考するというが、彼女は奥歯に「わたし」が宿っていると考えるのだ。
奥歯は「わたくし率100%」なのである。
なんだそりゃと思うけれど、よく考えれば、未だに人間の意識や心の所在は全くわかっていない。奥歯に心が宿っていると考える人がいても仕方がない。クオリアをめぐる議論に通じる話がここにある。
彼女は「わたし」の存在に悩む。「わたし」をいくら考えても、所詮それは「わたし」が考えていることで、「わたし」から逃れることはできない。
恋人の青木と話す中で、川端康成の「雪国」の冒頭文が出てくる。
「トンネルを抜けるとそこは雪国であった」というお馴染みのものである。
そこには主語が書かれていないが、その主語は何だろうと彼女は考える。
この疑問は彼女の「わたし」の悩みと絡み合っている。
物語は後半、思いがけない展開を見せるのだが、その中で、この「雪国」の疑問も解き明かされる。
せつなさも感じるほどの見事なクライマックスである。
次もぜひ読みたいと思わせる何か不思議で危険な魅力を持っている。
舞城王太郎とも本谷有希子とも違う新しい資質を感じた。
これからこの魔女に、いざなわれて進む先はどんな世界なのだろう。
決壊寸前の濁流の土手に佇み、足下にじわじわと不穏な水が浸み、逃げなければならないのに、眼前に広がる濁流に魅了され、なぜか身体を動かすことができない。
(早稲田文学2007年0号)
そら頭はでかいです、世界がすこんと入ります | |
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